そもそも、新型コロナウイルスとは一体何か。私たちはこのウイルスとその感染症を正しく理解しているのか。世の中に氾濫する膨大な情報の中から真実を見つけること。それこそが新型コロナウイルス感染症を克服するための第一歩である。
(聞き手:林屋 克三郎)
林屋克三郎(以下、林屋) 現在は、誰もが情報を手軽にやり取りできる時代です。例えばスマートフォンが1台あれば、欲しい情報がすぐ手に入りますし、自分から発信もできます。便利な時代ですが、その反面、間違った情報を広めてしまう危険性もあります。
新型コロナウイルスの場合も、個人の思い込みや誤解によるデマや偏見、医療従事者や感染者への中傷が深刻な社会問題となりました。このような情報オーバーロード状態にある今こそ、人獣共通感染症の第一人者である喜田宏先生から新型コロナウイルス感染症の真実をお話しいただくことに、大きな意味があると思います。
喜田先生は、WHO緊急委員会で唯一の日本人として、新型コロナ対策に取り組まれてきましたが、この未知のウイルス対して、最初はどのような印象を持たれましたか?
喜田宏(以下、喜田) まず、既知のコロナウイルスとは異質だと感じました。
新型コロナウイルス感染症は、SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)やインフルエンザなどと同じ、動物とヒトとの間でうつる、人獣共通感染症(じんじゅうきょうつうかんせんしょう)です。
林屋 同じ人獣共通感染症に分類されているのに、どのような点が異質だと思われたのですか。
喜田 通常、動物からヒトに感染してすぐのウイルスは、ヒトの体であまり増殖しないので、病原性はそれほど高くないのです。ヒトからヒトに感染を繰り返すと、増殖能が高い変異ウイルスが優勢になり、病原性が高くなります。
ところが、この新型コロナウイルスは、当初からウイルスの感染・増殖に与るSタンパク質のアミノ酸配列が、全身で増殖することを示す特徴を備えているのです。中国で発見された時よりずっと前にヒトに感染し、受け継がれる間にその特徴を獲得した可能性も考えられます。
林屋 喜田先生はWHO (世界保健機関) の緊急会議に出席された時、どのようなお話をされたのですか。
喜田 2019年12月31日に、新型コロナウイルス感染症発生が報告されました。WHOは、翌20年1月22日と23日に第一回の緊急委員会を開きました。中国・武漢での感染拡大を受け、WHO事務局長は、世界の公衆衛生の危機として緊急事態宣言を出すべきか否かを委員会に諮問しました。それに対応するための電話会議です。中国の委員が度々中国語で発言したため、会議はとても長引きました。
獣医学博士、日本学士院会員、文化功労者、北海道大学ユニバーシティプロフェッサー、人獣共通感染症国際共同研究所 特別招聘教授 統括、WHO 指定人獣共通感染症対策研究協力センター長。1969年、北海道大学大学院獣医学研究科修士了。民間でワクチンの開発研究に従事。76年、北海道大学獣医学部講師。同助教授、同教授、同大学院獣医学研究科長・学部長などを経て、2005年 人獣共通感染症リサーチセンター(現人獣共通感染症国際共同研究所)長。2012年、特別招聘教授 統括。特にインフルエンザウイルスの起源と流行予防の第一人者、人獣共通感染症の予防と制圧に向け国際貢献。2005年、日本学士院賞、2017年、瑞宝重光章、文化功労者、タイ王国タマサート大学公衆衛生学名誉博士ほか、受賞多数。