難治がんとは、治りにくいがんのことをいう。 早期発見が難しく、治療の効果が得られにくく、さらには転移や再発しやすいなどの性質があるため、外科医が総力を尽くしてもなお、救命が難しい。 ここにご紹介する日比泰造医師は、肝胆膵領域の難治がんや末期肝・小腸不全を専門とする気鋭の外科医である。なぜ彼は、この困難な分野で医師として生きようと決意したのか。そして、どんな思いで患者の命と対峙し、その家族と向き合うのか。一人の医師の、求道者としての歩みに迫ってみたい。

自分のルーツはどこにあるのか

日比泰造医師はロンドンで生を受けた。銀行員だった 父親は海外勤務が長く、後に再び転勤となり、日比少年 は小学校のうち3年間をニューヨークで過ごすこととなる。そうした経験が、彼の人格形成にかなりの影響を与えたことは、想像に難くない。 「ニューヨークから帰国後はずっと東京でしたが、帰属意識がなかなか持てませんでした。もちろん、日本人だという自覚はありますけれど、自分のルーツがどこに あるのか、幼い頃は随分と悩みましたね。大勢の中にいても、自分が一人ぼっちに思えてしまう。ニューヨークにいた時も、英語が話せなかった7歳の自分は、一人で 生きなければいけないのかな、と思いましたし」 その頃の日比少年が抱いていたのは、強烈な疎外感であったと言って良いだろう。

日比 泰造  ひび たいぞう

1973年、英国・ロンドンに生まれる。
98年、慶應義塾大学医学部卒業。同年、U.S. Naval Hospital Yokosuka(横須賀米海軍病院)・インターン。2007年、慶應義塾大学医学部 一般・消化器外科助教。10年、マイアミ大学移植外科臨床フェロー 。12年、慶應義塾大学医学部 一般・消化器外科 助教。15年、慶應義塾大学医学部 一般・消化器外科専任講師。 17年より熊本大学大学院生命科学研究部小児外科学・移植外科学講座教授。熊本大学病院移植医療センター長。
日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本肝胆膵外科学会高度技能専門医、日本移植学会移植認定医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医、米国外科学会正会員、米国移植外科学会認定医。